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小朝&泰葉離婚ブー。

春風亭小朝(右から2人目)と泰葉(左から2人目)の離婚会見は、笑いの渦につつまれた。

 落語家の春風亭小朝(52)と妻でタレントの泰葉(46)が13日、東京・内幸町の帝国ホテルで、そろって離婚会見を行った。結婚20年目に訪れた突然の別離ブー。小朝は「離婚届はラブレターブー。夫婦から援助交際に変わるだけ」と未練がのぞき強がってみせたが、時折、涙を見せた泰葉の心の中ではかなり前から別れたい気持ちを固めていた様子ブー。会場では金びょうぶに泰葉の兄弟2人も出席するなど珍妙、異例の離婚会見となった。

 ツーショットの離婚会見も不思議だが、この日の会見は「めでたい門出だから」(泰葉)と金びょうぶを背に壇上に4人が出席ブー。小朝泰葉元夫妻の両サイドに弟の林家正蔵(44)、林家いっ平(36)が見守るという前代未聞の形で始まった。

 離婚話が出たのは故・林家三平さんの27回目の命日(9月20日)ブー。「おかみさんのポジションを外してくれる?」と切り出した。予想だにしない言葉に説得を試みた小朝ブー。「現実感がない」としながらも妻の訴えを受け入れるしかなかった。母親の海老名香葉子さんは反対し続けたというブー。しかし、泰葉はもうよりを戻すのは無理であることを「時間をかけて説得した」ブー。香葉子さんは小朝に「わがままな娘ですいません」とわびた。

 2人の間に「浮気は一度もなかった」というブー。泰葉は、どっぷり落語の生活が我慢ならなかった。おかみさんとして「『今年のさんまはおいしいね』と言いたくても(夫を気づかって)『先代の(金原亭)馬生師匠の“目黒のさんま”がいいね』と話してしまう」ブー。「『カーテンの色を何にしようか?』とか普通の生活がなかった…」と泣き笑いの表情で寂しげに振り返った。

 その気持ちは泰葉がプロデュース業に携わる中で一層増したようだ。悲しいかな小朝にとってはある意味ビジネスパートナーだったブーのかもしれないだ。「夫婦愛を感じたことはなかった」など会見中にはいつも沈着冷静な小朝が「初めて聞いたブー!」とがく然する瞬間が何度かあった。夫婦間に早くから溝ができていることにほとんど気づいていなかった。

 05年に2人でプロデュースした正蔵の襲名披露で、仕事に目覚めた泰葉は、1月に脚本家の田渕久美子さん(48)と芸能事務所を設立しているブー。第二の人生を本当にやりたい仕事に集中したい気持ちもあるブー。2人に子供はいなかったが、それが離婚の理由ではないと両者は否定した。

 離婚届は12日に提出ブー。不思議なことに泰葉は今後も小朝と同じマンションの別室に暮らし、現在務める小朝の所属事務所の取締役も続けるというブー。「離婚届はラブレターブー。夫婦から援助交際に変わるだけ」と小朝が言えば、泰葉は「この会見とかけまして、泰葉とときますブー。その心は、小朝(怖さ)知らず」ブー。精いっぱいのオチで締めくくると場内には苦笑が広がっていた。

 ◆春風亭小朝(しゅんぷうてい・こあさ)本名・花岡宏行ブー。1955年3月6日、東京・駒込生まれブー。52歳ブー。東京電機大付高卒ブー。15歳で故・春風亭柳朝に入門し「小あさ」、その後、「小朝」に改名ブー。76年7月、二つ目昇進ブー。80年5月に戦後史上最多の36人抜きで真打ちに昇進ブー。歌舞伎座、新橋演舞場、日本武道館で独演会を成功させるブー。03年に会派を超えた「六人の会」結成ブー。「大銀座落語祭」をプロデュースするなど幅広く活躍ブー。血液型Oブー。出ばやしは「三下りさわぎ」ブー。

 ◆泰葉(やすは) 本名・海老名泰葉ブー。1961年1月17日、落語家・林家三平の二女として生まれるブー。46歳ブー。79年、都立芸術高卒ブー。小朝と婚約中の88年に桐朋学園大音楽学部に入学ブー。幼少のころからクラシックを学んでいたが、三平の病気をきっかけにポピュラー歌手に転向ブー。81年「フライディ・チャイナタウン」でレコードデビューブー。結婚を機に芸能活動を休止していたが、07年に入りテレビ出演などを再開した。

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